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井上雄彦 最後のマンガ展 重版@熊本市立現代美術館(追記)

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上野で開催された時は観ることが叶わなかったので、休みを取って熊本まで観にきました

絵がスゴいとか、展覧会としてスゴいなんてのは、たくさんのひとの言葉になって本にもDVDにもなっているのでそちらでみてもらうとして、上野の10万人が観て2万人が感想を残したということからもわかるように、非常に満足度の高い展示であることは間違いないと思います。

誰だったか、今の時代にこれだけの絵を筆で描ける人はいない。というようなことを言っているのを聞いた事があります。確かに漫画のヒトコマヒトコマを絵と考えたら、清長も蕙斎もびっくりのスゴい量の絵を描いているわけで、さもありなんと思う。一方でこの人はやっぱり漫画家なんだなと思うところも多く、それは浮世絵師から漫画家の系譜と言いますか、あくまで線画として絵を描いているんだなという意識を感じました。たぶん最初はペンで描いていて、ときどき効果として筆を使って、次に筆で漫画を描くというところに行き着いたのだとおもいますが…でその先は?となったところでのままならなさを感じているのかもしれない。漫画と墨絵の境目と言うのか、線を描くのはうまいけど、面を塗るあるいは描くということへの違和感、筆をつかった描き方はこれがおわりではなくまだまだ変わる可能性があるだろうと思います。

一ページあたりのコマ数とかはまったくマンガではなく、展覧会として作り込まれています。と同時にきっとこれが紙面にのっていたら、ここで見開きなんだろうかとか、ページが変わるんだろうとか、次週へつづくんだろうとか、ああやっぱりマンガなんだな感じるとことも多いのです。じゃあ本当にマンガかといわれるとやっぱりすこしあやふやで、あるときふと絵コンテにみえたりもして、それが井上の特徴でもあるんだろうと、。展示の後半に行くにしたがって一枚ヒトコマになっていくのだけど、一枚絵よりコマ割りされているページの方が個人的には魅力的でした

面白いのは、顔—上半身—下半身で捉え方がまったくちがうところで、この辺りはデッサンデッサンクロッキーで絵を描いてきた美大生には乏しい感覚で、さらに言えば近世日本風俗画の描き方に近かったりします。あとは胡粉かな雲母かなとか、さすがに自分でドウサ引いてるわけないよなとか、なによりこんなサイズのパネル用意できるのがすごいよな、なんて余計なことを考えながら観てると、何周かしてもストーリーがスッと腑に落ちてこなくて困りました。感想書いている人たちみたいに、無条件に感動しました〜とか衝撃を受けました〜とは言いづらくて。感動したのも衝撃を受けたのも凄いもの観たなって感覚もあることにはあるのですが…。展示そのものをインスタレーションとして捉えたときの完成度の高さと、ストーリーを伴う漫画として捉えたときの感想を、うまく合わせてが消化するまでに時間がかかるということなのかもしれません。

上野の森より広いのに信じられないくらいすいているので、多少お値段しますが時間があればいってみてください。損はしないと思います。

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